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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)966号・昭60年(ネ)952号 判決

次に、控訴人千代田火災海上保険株式会社(以下「控訴人千代田」という。)は、昭和五八年一一月末日(二)建物から退去した、予備的に、昭和六〇年七月二六日の点検執行の際、執行官に対し同建物の鍵を交付して明け渡したと主張するので、この点につき判断する。

(二)建物につき、債権者被控訴人、債務者控訴人千代田間の東京地方裁判所昭和五七年(ヨ)第三七五号不動産仮処分事件において、同年六月三日占有移転禁止の仮処分が発せられ、同月七日これが執行されたことは当事者間に争いがなく、≪証拠≫によると、控訴人千代田は昭和五八年八月一八日付内容証明郵便をもって控訴人高梨株式会社(以下「控訴会社」という。)に対し同年一一月三〇日をもって(二)建物の転貸借契約を解約する旨及び明渡しと引換えに保証金残金の支払を求める旨を通知したこと、控訴会社では同年一一月三〇日控訴人千代田から(二)建物の鍵の返還を受け、同控訴人は即日退去したことが認められる。

他方、被控訴人が控訴人千代田より前記点検執行の期日の連絡を受け、同点検執行の際、執行官が控訴人千代田の代理人から鍵の交付を受けたことは当事者間に争いがなく、前掲点検執行の調書によると、右点検執行は、控訴人千代田の上申に基づき同代理人弁護士立会のうえ、千代田が昭和五八年一一月三〇日をもって(二)建物を退去した事実を検するために行われたものであるところ、点検の結果、(二)建物は全く空室であったことが認められる。

前記認定事実に照らすと、控訴人千代田は昭和五八年一一月三〇日(二)建物から退去するにあたり、控訴会社に対しこれを明け渡し、控訴会社もこれを受領したものと認めるのが相当である。

もっとも、前記点検執行の際、控訴人千代田の代理人から執行官に対し鍵の授受が行われているが、その鍵が果して(二)建物のものであるか、あるいは、当時同建物の鍵が先に控訴会社に渡したもののほかに何個実在していたのか、証拠上定かではない。しかし、いずれにしても、鍵の交付により建物の明渡し義務を履行するのであれば、明渡しを請求する者にその鍵全部を交付することによりその者に排他的支配を得しめてこそはじめて明渡し義務を履行したものと評価しうるのである。のみならず、仮処分債権者である被控訴人としては、点検執行実施の通知を受けても立会すべき義務はなく、また、執行官は債権者の代理人というわけではないし、執行官が債務者又は第三者から任意弁済を受領する権限を与えられているのは、動産に対する金銭執行及び動産引渡しの強制執行の場合に法定されており(民事執行法一二二条二項、一六九条、一九二条)、不動産の引渡し又は明渡しの強制執行は、執行官が債務者の目的物に対する占有を解いて債権者にその占有を取得させる方法により行うべきものであり、この強制執行は債権者又はその代理人が執行現場に出頭したときに限りすることができるものと定められている(同法一六八条一、二項)。したがって、本件の場合、上記点検執行の現場において、被控訴人又はその代理人が出頭していない以上、執行官に対し目的建物の鍵を交付しても、同建物の明渡しの履行はもとより、その履行の提供をしたことにもならないものと解すべきである。

ところで、占有移転禁止の仮処分決定は、仮処分債務者が不動産の占有を他に移転することを禁止し、もって、本案訴訟の確定判決につづく当該不動産の引渡し又は明渡しの執行を保全する(当事者恒定)ことを目的とするものであるから、仮処分債務者が仮処分に違反して目的物の占有を第三者に移転しても、これをもって仮処分債権者に対抗することはできず、仮処分債権者は本案訴訟において仮処分債務者の占有喪失を顧慮することなく同人を被告にして不動産の明渡しを請求できるものと解される(最高裁昭和四三年(オ)第二〇号同四六年一月二一日第一小法廷判決・民集二五巻一号二五頁参照)。そして、この理に従うと、仮処分債務者である転借人が転貸借契約を解除し、原状回復として転貸人に対し目的建物の占有を移転する場合にも、前記仮処分により禁止されるのであって、たとえ、仮処分債務者が目的物の占有を転貸人(第三者)に移転し、仮処分債務者自身は現実にその占有をしていなくなった場合でも、仮処分債権者が明渡請求権につき履行を受けない限り、本案訴訟においては、同債務者が依然目的物の占有を継続するものとして取り扱われ、この者に対し当該建物の明渡し並びに賃料相当の損害金の支払を求めることができるのである。

してみると、控訴人千代田の前記主張はいずれも採用するに由ない。

(舘 牧山 赤塚)

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